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真面目な人間が損をする。
正直者が馬鹿を見る。 そんな世の中、私は大嫌いだ――と。「う、く……」
「ほらほら、『いいこちゃん』! 何か言ってごらんよ。いつもみたいに、さ!」 「あぅっ!」思いっきり頬を叩かれ、私は唇から血を流した。
全身ぼろぼろだ。殴られ、蹴られ、水をかけられ……眼鏡もフレームから折れてしまった。そんなに、あなたは私のことが気に入らないのか。私のことを認められないのか。
私はまだ高校1年生だけど、生徒会副会長としてやれることをやってきた。 決して日の当たる役割じゃなくても、それでも皆のために頑張ってきたつもりだ。なのに今、先輩の金髪女子を中心にした集団に、寄ってたかって暴行を受けている。
理由は――何となくわかっている。副会長として、彼女を何度か注意したのだ。
年上だからって関係ない。不良には、それ相応の態度で臨まなければいけないと私は考えていた。 私のこのスタイルを、仲間たちは「真面目だね」「さすが井伊さんだ」と評価してくれていた。その結果が、今だ。なんだこれ。
「なぁ、
両親を悪く言うな。
あの人たちは、ちょっと生きるのが不器用なだけなんだ。殴られて朦朧とする中、私はリーダー格の金髪女を睨んだ。彼女はにやりと笑う。
「そうそう、いいこちゃん。あんた今日で退学なんだって?」
「……それは」 「噂になってるよ。身内のじーさんに、借金のカタに売られるんだって? 今どきそんなのある? マジヤバいんだけど」がっ、と髪をつかまれた。
「つーわけで、あんたとも今日でお別れ。あたしらが企画したお別れ会、楽しかった? いいこちゃん、友達いなくてかわいそうだからね。今まで
金髪女が私の頬を軽く叩く。傷よりも胸の方が痛んだ。
「ああ、そうそう。あんたがいなくなって、ずいぶん風通しがよくなったって生徒会の奴が言ってたよ。面と向かって言いにくいから、代わりに言っといて、だってさ。あたしって『いい生徒』だよねぇ。そう思わない? いいこちゃん?」
痛すぎて、涙も出なかった。
その後、私は高校を退学した。模範的生徒が、あっという間に中卒だ。
笑うに笑えない。泣くに泣けない。そんな元気も湧かなかったからだ。だけど、本当の地獄はここからが始まりだった。
私の祖父は、いくつもの会社を手がける実業家で、資産家だった。祖父の家に引き取られた私は、表向き、何不自由のない生活を送った。
食生活は劇的に改善したし、着る服の値段は1着5桁を下回ることがなくなった。学生時代にはいっさい興味のなかった化粧も、すぐにプロ顔負けの技術を身につけるまでになった。それらはすべて、祖父が私を、一人前の『駒』として使うためだ。
――2年後。私は18歳になった。
「以上が、本社からの指示になります。退去は一両日中にお願いします」
「ま、待ってくれ。いくら何でも急すぎる! お願いだ、会長に繋いでくれ!」 「ダメです。規則ですので」 「……この、人でなしが!」私よりも二回りは年上の男性が、青筋を浮かべて私を怒鳴りつける。
高級スーツに身を包んだ私は、冷たく事務的な微笑みを浮かべて、ただ淡々と、真面目に職務を遂行する。祖父が用意した私の使い道――それは、関連企業の中で最も「闇が深い」と噂される会社のエージェントだった。
高校中退から約2年。その間、私は祖父から帝王学さながらの教育を受けた。そして成人すると同時に、この会社に押し込められたのだ。
私に拒否権はなかった。 真面目だけど生き方が下手な両親を、これ以上経済的に困窮させるわけにはいかなかった。地上げ、債権回収、スキャンダルの封じ込め、あるいは掘り起こし……。業務内容は多岐にわたりすぎて、とてもまとめられない。
だが、あえてひと言で表現するならば、『他者を絶望に叩き落とす仕事』であった。私の愚直なまでの真面目さが、情を斬り捨て、ひたすら後ろ暗い仕事に邁進することを可能にした。
地獄を突き進むことに向いていたのだ。 一生知りたくない適正だった。私はこの2年で、普通に学生をやっていたのでは決して知り得ない知識や幅広い人脈、そして度胸を手に入れることができた。
その代償として、私はアオハルという言葉にピンとこない女に成り下がってしまった。青い春? それより目の前の職員を青ざめさせることの方が得意よ。「私って、いったい何なの? 何のために生きてるの?」
誰もいなくなったオフィスで、私はこっそりと泣いた。思いを溜め込めば苦しいし、口に出せばもっと涙が出る。
おそらく、ひとり暗い室内にいても泣かなくなったら、私は終わりだと漠然と思っていた。「また泣いているのか」
「一条さん……」同僚に声をかけられ、私は慌てて身体を起こす。
デスクに、湯気の立つコップが置かれる。甘い香りがした。コーヒーが苦手な私のために、ピーチティーを淹れてくれたのだ。 私はカップを手に、同僚の男性を見上げる。 一条
彼はなぜか、よく私に話しかけてくれた。
怜央さんといると、私は不思議と心が安らいだ。 一番は、彼の『目』だ。優しさや真剣さの中に、暗い感情がかすかに混じっている。一見完璧な彼の濁り具合を見て、「ああ、この人も同じなんだ」と私は思うのだ。
理不尽への静かな怒りが、怜央さんを支えている。私と同じように。どうやら、一緒にいて安心できるのは怜央さんも同様だったらしい。
仕事中は氷のように冷徹な彼が、私の前では時々笑う。「ふっ……鬼の目にも涙だな。いいものが見れた」
こんな風に。
「いつか、一条さんの泣き顔も見てやります」と私が生意気な口を利くと、怜央さんはまた笑った。
「俺はお前が他人とは思えないよ。生意気な妹を通り越して、まるで鏡を見てるみたいだ」
「私だって、鬼畜な兄を通り越して、頑固な自分自身を見ているみたいです。おあいこですよ。ほんと最悪」笑いながら私は言った。笑うと気持ちが楽になる。心に熱が戻ってくる。
私はカップに口を付けた。甘い物をちゃんと『甘い』と感じられたのは久しぶりだった。日々の地獄を生きる私にとって、怜央さんはわずかに差し込んだ陽の光だった。
怜央さんにとっての私も、そういう存在であった。 少なくとも、私はそう信じていた。コンコン。 応接間の扉がノックされ、僕の心臓が飛び上がった。「一条先生、そろそろ講演のお時間です」 教頭先生が、うやうやしい口調で一条さんを呼びに来たのだ。 それまで険しい表情をしていた一条さんが、ころりと表情を変えた。瞬きする間もないほど一瞬だった。「もうそんな時間ですか。つい長話に興じてしまいました」 そう言って、僕を見る。再び僕はどきりとした。「伊集院先生とは年齢が近いせいか、共感するところが多くありました。我が校に、このように若く優秀な教師がいらっしゃることを、誇らしく思いますよ」 僕は口元が引き攣りそうになった。「恐縮です」と答え、何とか愛想笑いを返す。(それは、ご自身も若く優秀だというアピールでしょうか) たぶん、そうだろう。にじみ出したエリート意識なのだ。傲慢――ではあるけれど、一方でひどく彼に似合っていた。 一条さんには、僕にはない強さがある。 教頭先生は、一条さんの自然な傲慢さにすっかり支配されているようだ。春先の暑くも寒くもない気候の中でも、額に光る汗が見える。 主君の機嫌を損ねないように。自分が見ている前で厄介事を起こさないように。そんな考えで頭がいっぱいなのが手に取るようにわかる。(こういうとき、割を食うのはいつも下っ端なんだよな。……ああ、駄目だ。いつにも増して愚痴が出る)「そうですか、そうですか。私も、伊集院先生の優秀さには助けられていましてな。おお、そうだ。今後も一条先生のご案内は、伊集院先生にお願いするということでいかがです?」(ええ!?)「おお、それは嬉しい。ぜひ。伊集院先生、これからもどうかよろしくお願いします」「は、はあ」 完璧な微笑み。この顔を前にして、心を動かされない女性はいないだろう。 井伊さんは、こんな男性から目の敵にされているのか。 一条さんほどの人物の感情を揺り動かしてしまうのか、井伊さんは。 一介の女子高校生が、これほど――。「伊集院先生? いかがされましたかな?」「あ、いえ。まだまだ若輩ですが、私でよければ、喜んで」 つい、迎合する言葉が口をついて出る。 いや、これでいい。これでいいはずだ。一条怜央という嵐をやりすごせるなら、これでいい。 一条さんがソファから立ち上がる。 僕も立ち上がって、彼を見送った。 一条さんが僕の横を通り過ぎるとき、一瞬だけ、彼
「失礼します。伊集院です」「どうぞ、お入りください」 真っ先に「色気のある声だな」と思ってしまったのは、僕が緊張しているからだろうか。 教頭先生に呼び出された僕は、来賓対応用の応接室の扉に手をかけた。 勤務も3年目となると、来賓の格が何となくわかるようになってくる。 教頭先生が伝言役。 校内でも校長室以上に内装にこだわった応接室。 このふたつで、室内にいるのがただの保護者でないことはほぼ確実だった。 そして今、威厳と冷たさと色気を含んだ声を聞いて、僕は部屋の中で待つ人物を察した。「お忙しいところ、呼び立ててしまい申し訳ありません、伊集院先生。当校の理事をしております、一条怜央と申します」「ご高名はかねがね伺っております。伊集院です。名刺がなく、失礼いたします」 僕は慎重に言葉を選びながら、深く頭を下げた。 一条怜央。黎明館学園の理事のひとりで、大口のスポンサー。 そして、この学園の最高権力者である。(そんな御大が、どうして僕なんか。何か気に障るようなことをしただろうか) 内心で冷や汗をかきながら、促されるままソファに座る。 一条さんは、僕が座るのを見届けてから対面に腰を下ろし、ゆったりとした仕草で足を組んだ。感心するほど絵になった。一瞬にして、自分がドラマの脇役になったような錯覚に陥る。あるいは、捕らえられた獲物のような。 (普通、日本人がこのポーズを取ると尊大に見えるものだけれど……これは踏んだ場数の違いだろうなあ) そんな怪物が、しがないいち教師に何の用だろうか。ぴしり、ぴしりと、僕のモットーにヒビが広がっていくのを感じた。「新1年生が入学してしばらく経ちましたね。今日は教頭先生たっての願いで、子どもたちに講演を頼まれまして」「それで我が校に」「ええ。私はまだまだ若輩ですが、未来ある若者にちょっとしたエピソードは伝えられると思っています。まあ、同様の講演をここ数年続けているので、慣れてしまったと言えばそれまでですが」
――私が黎明館学園に入学してから、数日が経った。 怜央への対抗心を胸に秘めつつ、私は真面目に授業をこなした。 クラスメイトたちの多くは、まだ緊張しているらしい。真新しい教科書を真剣な顔で見つめている。この独特な空気が、私には心地よかった。 しかし、全員が全員真面目に授業を受けているというわけではなくて――。「ぎゃはは! ダッセェ!」 英語の授業直前、教室内に耳障りな笑い声が響いた。 プリントを持ったクラスメイトのひとりが、うっかりつまずいたのを見て、ある男子生徒が笑いものにしたのだ。 私は立ち上がって、馬鹿笑いをする男子生徒に近づいた。「ねえ。うるさいから静かにして」「あ? 何だよいきなり」「些細な失敗をことさらに嘲るのは、クラスの雰囲気を壊す行為よ」「……は?」「わかりやすく言うわね。あなたのその笑い声、キンキン響いて無理」「別にいいだろ、ウケたんだから」 男子生徒が苛立った顔をする。私が静かに睨み付けると、彼は目線を逸らした。 星岡大河。 態度がでかいわりに小柄で、高校の制服を着ていても中学生に見える。 茶髪にピアス。典型的なやんちゃ坊主だ。 ただし、顔は整っている。いわゆるかわいい系。おそらく母親譲りだ。 見た目同様、性格も『良く吠えるチワワ』。キャンキャンといつもうるさい。 不真面目、自分勝手を画に描いたような人間で、私が一番、心底、嫌いなタイプだ。 なのに、どうしてここまで詳しいかというと、大河は地元の有力議員の息子だからだ。 父親の星岡議員は、怜央と繋がっているという。朝菜経由で調べはついている。 つまり、私にとって敵側の人間なのだ。(本当なら情報収集のために適当に仲良くすべきなんだろうけど……無理。あんな子に媚びを売るくらいなら、正面から敵対していたほうがいい) プリント拾いを手伝いながら、私は思った。(もしくは、手のひらで
――久しぶりに、こよりの声を聞いた。『真面目に生きている人間を踏み台になんかさせない。いいこは怒らせると怖いわよ』 怒りも露わにしたこよりの言葉が、俺の脳裏に蘇る。 タワーマンション上層階。美しい夜景を見渡せる窓に、彼女の幻影が重なった。 8年前とは違って強気な態度だった。 涙を一切見せず、こちらを挑発する強かさ。 それでいて、外見は出会ったころのまま。ベッドで睦言を交わしていたときとまったく同じ。 違和感はないだろうと思っていたが、まさかあれほど制服姿が似合うとは。「……ふっ」「あら、珍しいじゃない。レオが思い出し笑いなんて」 ベッドの上で、下弦綺羅良がからかうように言った。俺が眉をひそめて振り返ると、綺羅良はうつ伏せのまま、髪をかき上げ流し目をしてきた。 一糸まとわぬ身体が、そうするとより艶やかに見える。この女は、自分のカラダをどう見せればよいかを知っているのだ。 小賢しい。だが、だからこそ彼女を選んだのも事実だった。 小賢しいところが、ちょうどいい。 綺羅良は、現在の婚約者だ。 ラウンジ嬢だった彼女を手に入れたのは、なりふり構わぬ売り方が俺の目的と合致したからだ。 愛はない。必要ない。 綺羅良がどう思っているかは、俺が関知するところではない。 ただ――。 かつて、こよりも同じように横たわっていたベッドで、別の女が笑っているのを眺めるのも、悪くなかった。 まるで、丹精込めた作品を自らの手で叩き割るような、そんな歪んだ快感を覚えた。綺羅良が『何者でもない』ことは、むしろプラスだった。 こよりは綺羅良と違う。声も、反応も、肌と汗の匂いも――体温すらも、どこか違って感じた。「なあに、レオ? そんなに熱っぽく見つめちゃって。もう一回、する?」 俺はふいと視線を外した。綺羅良が余裕たっぷりに、それでいて腹の底では不満そうに鼻で笑うのが聞こえた。 手にしたグラスを意味もなく傾
私はすぐには振り返らなかった。いや、振り返れなかった。 顔を合わせた瞬間、掴みかかってしまいそうだったから。 大きく息を吸い、そして吐く。よし……落ち着いてきた。「どうした。まさか、惨めに泣いているわけではないだろう。8年前の、あの頃のように」「あなたに昔の私を語ってほしくない」 一度鎮めたはずの怒りがぶり返して、私は勢いよく振り返った。 そこには、元婚約者の姿があった。 一条怜央。 180センチを超える引き締まった身体に、俳優並のルックス。清潔感のある着こなしに、スマートな立ち居振る舞い。 嫌になるくらい、変わっていない。見る者を惹き付けるカリスマ的な魅力が、怜央には備わっていた。 いや、別れてからの3年で、さらに冷たさが増した。職人が鍛え上げた日本刀のように、近づけば一瞬のうちに切り裂かれてしまいそうな危うさが加わっている。 女の本能を内側から抉り返してくるような、危険な香りを漂わせる男に、怜央はなっていた。 私は無意識のうちに呼吸が速くなっていた。息づかいを悟られないよう、口元に握り拳を当て、眉をつり上げる。「……久しぶりね、怜央」「ああ。3年振りだな」 拍子抜けするほど普通の返事だった。 さっきはあんなにも、人を小馬鹿にするような言い方をしていたのに。 嫌い。本当、大っ嫌いだ。 しかし、どうしよう。怜央に会ったら叩き付けようと思っていた罵詈雑言が、まったく浮かんでこない。 まるで宙に浮いた車輪のように、虚しく思考が空回りするだけだ。 ただ、怜央と睨み合う。 ふと、背中で龍慈君の声がした。「校長先生?」 私は振り返る。 執務机に座った楓先生が、椅子の上で上半身をのけぞらせていた。その表情は、ひと目でわかるほど青ざめている。双眸に戻ってきていた意思の光が、再び失われていた。 怜央が冷たく言い放った。「余計なことは言わないことだ、桜庭校長」
「それにしても、不思議な気分ね。こよりさんとこうしてまた、同じ学校に通えるなんて。でも、こよりさんは本当に変わらないわ。私だけおばあちゃんになったみたい」「私もちゃんと年を取っていますよ」 そう言って如才なく微笑む私。こういう処世術は、10年前は知らなかった。むしろ、少し嫌悪していたくらいだ。 まあ、浮かれていないといえば嘘になるけれど。「楓先生、お疲れでしょう。お茶を淹れますね。一緒にお茶しましょう」「井伊サン、それは俺がやる。井伊サンも飲むんだろ? だったら俺に淹れさせてくれ」 龍慈君が割り込むようにポットの前に立つ。 学園カースト最上位の彼が手際よくお茶を淹れる様子を見ていると、何だか不思議な気分になる。(あのちょっとヤンチャなところもあった弟君が、立派になったものだわ) 私が感心しながら後ろ姿を見ていると、龍慈君がぶっきらぼうに言った。「姉貴にしごかれたからさ。井伊サンのそばにいるなら、これくらいできて当然だって。まったく、余計なアドバイスしかしねぇんだから」「さすが朝菜ね。……ねえ、龍慈君。何だか怒ってる?」「怒ってない」「さっきの楓先生のことなら、私は気にしてないから」「だから、怒ってないっつーの」 淹れたお茶をソーサーごと、少し乱暴にテーブルに置く龍慈君。楓先生の前にも同じように置いた。 やっぱり少し怒っている――というより、拗ねてる? もしかして、私が楓先生のことばかり気にしているから?「ふふっ」 私は龍慈君の隣に立ち、彼の肩の後ろを撫でた。本当は頭を撫でてあげたかったけど、去年あたりから身長差がはっきりしてきたので、こうするしかないのだ。 龍慈君は口元を歪めながら、視線を逸らした。 指先で顎のあたりを軽くかくのは、彼が照れや気まずさを誤魔化すときの癖だ。 まったく、身体は大きくなっても可愛らしいのは変わらないわね、この子。 楓先生が小さく声に出して笑った。私は胸のつかえがひとつ取れ







